【猫話 3】 かく短かし猫の不在(後編)

2022年1月21日

この辺の野良猫というのは、ほとんどの農家で牛舎や倉庫に住み着き、各家の人から外で餌をもらうという生活をしているらしい。完全野生ではマイナス30度の冬をおそらく越えられないと思う。そして我が家の隙間風だらけの倉庫では、渡り鳥のように春から秋だけ、周辺から浮浪猫がやってきて住み着く。世代交代というか縄張り交代なのか、数年ごとに違う猫が来る。

その年、春に現れた三毛猫は、最初は子猫かと思うくらいにか細かったのが、うちで1日1回1食分のご飯を出しているうちにひと夏で丸々と太った。太り始めると同時に、長年飼ってたっけと記憶を疑うくらいベタベタに懐き、私も情にほだされご飯を朝晩欠かさないようになった。

家の中で飼っていた猫はすべて、関東で妻が保護していたのをそのまま連れてきた子たちで、北海道に来てからは、動物病院が都市部まで行かないと無いのもあって外猫を家に入れることは皆無だった。

秋に最後の家猫が息をひきとり、30年ぶりの猫のいない夜を過ごすことになった。外に住み着いた猫がいたとはいえ、家の中に猫がいなくなったという事実は、格別の空虚をもたらした。だからといって、外猫を家に入れる気はまったく起きなかった。というより、猫の最期を見るのはもう嫌だと、今後は生涯、猫は飼うまいと、わりとはっきり心に決めていた。

「でも、誰かが生まれ変わって、目の前に現れたら?」

風にかき消されるほどの小さなささやきが耳をかすめたのは一度だったか。

1週間ほど過ぎた。

外猫のご飯を出しに行くと、いつもの三毛が出迎え、私の足にまとわりついたと思ったらすぐに奥へ引き返した。そして三毛が三体に分かれた。えっ?

三毛の「分身」は、文字通りで、つまりいつの間にか仔猫を産んでいたのだ。ヨタヨタしながらも走って逃げていたので生後1ヶ月弱くらいか。私を見て逃げはしたが、その後すぐ三毛に寄り添っていたので、まだ母猫のお乳をもらってるかもしれない。授乳が終わるまでは母猫と一緒にいたほうが良さそうだ、しかし今全員一度に捕まえて家に入れるのはできないかもしれない、今少し様子を見るしかない。

これが関東にいた頃だったら、速攻でまず先に仔猫だけ保護しただろうけど。

環境、野良事情も違うし、この地では外猫には距離をとって暮らしてきた。近隣では仔猫など毎年生まれてそのまま外で育っている。うちはどうするか。狐は夏の間は山のほうへ移っているが、冬も近づくと戻ってくるかもしれない。それまでに仔猫は大きくなる? 間に合わないよな、こんな時期に生まれては。

それからまたわずか1週間。

仔猫のうち成長の早いほうが、母猫の隣でドライフードを食べていた。思わず「偉いな〜もうカリカリ食べられるの〜」

で、「もうひとりの怖がりさんはどこかな?」と言ったら、どこかの物陰で「みぃ〜」と声がする。気になっても、いつもなら、ま、そのうち出てきて食べるんだろう、あるいは小さいからまだ母猫のお乳かな、なんて言いながら引っ込んでいたのだが。実際、帰ろうとしたのだが。

「みぃ〜。みぃ〜〜」

鳴き声が、なんだか必死だ。気になった。

その日は日暮れ時で、外は薄暗い程度だが倉庫内の物陰はすでに真っ暗。ヘッドライトを取りに戻るか、いや、なんだかそれどころじゃない気がする。

声だけを頼りに慎重に迅速に近づいていくと、ガラクタの間をあらぬ方角へ向かってもがきうごめく「何か」の影。

「こんなとこで何やっとるん〜」と素早く捕まえて窓の薄明かりにかざすと、両目が目ヤニで塞がっていた。この子こそ、何も見えず、どこに行けばいいのか分からず、私や母猫の声だけを頼りに必死に助けを求めていたのだった。

もう選択肢はない。母猫は、もはや目の見えない仔猫を見限ったのか、ご飯を食べてから助けようと余裕なのか、もう1匹の子の側から離れず食事を続けている。

「お母さん、この子はこのまま外に置いとけないから。今連れてくね」

かくして、我が家の30年ぶりの「猫の不在」は半月ほどで幕を閉じた。いや幕開いたのか?これ。

Posted by oceanos(父)