スローライフの絶対条件

2021年10月1日スローライフハック,やめて正解,亡き妻のこと,田舎、都会

「スローライフ」を目指して田舎に移住したものの、全然「スロー」を楽しめない、という人がわんさかいるらしい。私も移住後数年、その矛盾を感じたことを告白する、が、今はメチャンコにスローライフを満喫している。お金持ちだからそれができるとかでは全くない、むしろこの数年私の年収は100万円に程遠いし、貯金も「誰もが慌てて働き出す」レベルしかなかった。

世に溢れるもったいぶった記事にイラつく御仁も多かろうと思うので、例によって先に結論を言ってしまう。

頑張りすぎちゃうの、スローライフを「目指して」来ちゃうから。

本来その気になればスローライフは都会でもできる、というのが私の持論だけれども、田舎のほうがやりやすいのは確かだ。なのに、田舎に来たばっかりに余計にスローじゃなくなってしまう人たち。
最初は仕方ないよ、慣れないところで暮らし始めるというのは、「慣れない土地に慣れている」遊牧民とかでもない限り、難しいさね。

さあここでまず生活ちゃんとできるんだろうかと、

野宿やサバイバルに慣れた人でもない限り、不安と闘いながら気合を入れてしまう。そこがまず最初にして最大の壁なのだ。最大の壁は、地域のしがらみとか、不便さとか、気候の厳しさとか、ではなく、自分自身がまず「スロー」にギアを落とせてないところにあるの。

もっと言えば、田舎に暮らせば自然にギアがスローに入るとか、思っていたりするとしたらそういうのも。いや本当は確かにその力が自然にはある。田舎の空の広さとか、小鳥の声しか聞こえない昼下がりの静寂とか、そこにギアを落とさせてくれるきっかけはちゃんとある。のだけど、ギチギチに身構えているから、一服の清涼剤程度にしか感じられない。

私も、やらかしたん。妻が世界に危機感を強く感じていたこともあって、夫婦で自給自足の実現を目指した。その上、都会で保護活動をしていたこともあって、大動物から小動物まで家族大所帯(人間は三人だったけど)。無理をするつもりはなく、効率を優先してお金も有効につかおうとしたし、できる範囲でと自分らに言い聞かせ、できなかったことは来年こそはなんて思ったりしてきた。

それでも頑張りすぎていたのだ。外の力仕事から家事までほとんど私がやり、妻は収入のためにネットを駆使してお金の流れを作っていた。だから肉体的な疲労のせいでは直接はない、けれども、運命のいたずらか病に倒れた妻は40代でこの世を去った。

心理的に安らげさせてやれなかったことを私は悔やむ。もっと早く、「いっぱいいっぱいはダメ!」と、気づくべきだった。いや、「まだまだ足りない、もっと頑張んなきゃ」と思っていた私たちは、「すでにいっぱいいっぱい」ということに気づいてなかった。それが悔やまれる。

私は、元来は怠け者だ。だが、

結婚など一生しないつもりだった私が妻と結婚したのは、妻を心底尊敬したからというのが大きい。妻は、この世に生を受けたからには、人間のせいで失われていく弱い生命をひとつでも多く救うことに尽力すべき、と言って本当に1人でものすごいことをやっていた。私はバイクも音楽も文筆活動も全部放り出して、一生を妻に捧げよう、妻が捧げようとしている生命たちに捧げよう、と思った。

怠け者が一転、働き者になった。だが。

妻を失って、一瞬、何もかも放り出したくなった。けれど、娘がいて、残された動物たちがいて、まだ私は頑張ろうとしていた。そして自分の精神の崩れかかっていることに気づく。反動で私は怠け者に戻った。そこに追い討ちのように何かしらが起こる。また反省し少し頑張り、また力尽きる、不甲斐なさに泣く、を繰り返す。

そしてしばらくののち、やっと悟った。

どんなレベルでも人間は「いっぱいいっぱい」になる。何をどれくらいできているかは関係ない。そしてその「いっぱいいっぱい」が本当に大事な事実や機会を見失わせる。
いっぱいいっぱいを避けるには、一定期間、あるいは定期的に、スローにエンジンの回転を落とすしかないのだ。意識しなくても自然と平常時に余裕を持てるようになるまでは、意識して普段スローでいようと。そうして初めて、本当に大事なところで自然と心身に力がみなぎるようになる。

だからあえてスローライフなんであり。現代人の誰もが

そう簡単にスローになれないからこそ、

「目指さない」ための心の持ちようが、工夫が、生活のハックが、必要だと思った。

若い人なら、地域の交流も家庭菜園も家建てるのもガンガンやっちゃってまだまだ身体とかは大丈夫かもしれないけど、問題はそこじゃない。それはそれでせっかくの若い時間を猛烈に消費して、得るものは「あー頑張りすぎた」という悟りだけだったりする。

本当にやりたいことを楽しんでやれるなら、その楽しみの最中にふと世界のありがたさを満喫しながら、どんどんやればいい。そのためにも、そのためにこそ、

余計なことを極力サボる

ことを強くオススメしたい。

目一杯に頑張ったつもりでいろいろ無駄や後悔をしてきたおっさんが言います。

手帳のTodoに書いた数十項目の9割は

後で振り返ると、やらなくて正解なことでした。