沈黙の雄弁さを知らずに心理も教育も文芸もない

2025年12月25日メンタル,やめて正解,子育て,心理学

この話をするのにタイミングはかなり悪いと自覚している。

それは今私自身がしばしブログを更新していなかったからで、ここで沈黙の意味とか語ってしまうと、えーじゃあここの「沈黙」もなんか深い意味があると思わなきゃいけないのと余計な考え事をさせてしまうかもしれないということ。

なので先に言い直しておこう、

沈黙は時に十の証言より雄弁である

つまり私のように「すみません寝てました」ということもあると。

その上で、寝てない人が目の前で、

真剣に黙っている時、

言葉に詰まって何も言えない時、

問いに意地で答えない時、

謝るべき状況で意地で謝らない時、

これほど雄弁なる主張はない、と思えなければならない。

親が子に、

先生が生徒に、

カウンセラーがクライアントに、

「なんで黙ってるの!」とキレてはならない、それは恥だ。

なんで黙ってるのかを考え察するのがプロの仕事であり、年長者の務めである。

それに、沈黙のほうが、嘘よりよっぽど「正直」であり、情報量も莫大だ。沈黙は本人にとってもあまり都合の良い状況ではなく、嘘でも答えてしまう、謝ってしまうほうが、余程早くその場を終わらせられる。それをしないで黙るしかないのは、かなり重大な理由がある場合も少なくない。

黙っている理由を察する引き出しがどれだけあるかがその人の経験値であり、経験がなくても思いを巡らすのが愛だ。

あなたは言うべきことや本当なら言いたいことを言わずに黙っていた経験がないのか。その時、理由もなく不真面目で黙っていたのか?違うよね。

「黙ってちゃわかんないでしょ!」

そんなことは言われなくてもわかるわ子供でも。

極端な話、たとえ意地悪や明確な悪意であってもだ、全く理由もなく悪意を抱くことは普通そうそうない。

昔からよく「相手の立場になって考えてみろ」と何億回も言われてきたが、「なんで黙ってるの!」とキレるのはつまり自己中の極みであり、目の前にいるのが「人」や「命」ではなくポンコツ機械だと思っている証拠なのである。

ちなみに対象が本当にポンコツ機械だったとしても、「なんで黙ってるの!」と叫ぶのはかなりポンコツな行為なのだが。