なんてことだわたしは生きている
生きていることが意外であると読めてしまうタイトルであることは謝る。そんなつもりは、つまり注意を引くために意図的に不穏なことをほのめかすつもりは、毛頭なかったです。単に、タイトルの中では改行ができない、せめて「。」くらいすべきだったかもしれないが実は「。」で区切っても同じことだと瞬時に気づいて、二つ文をそのまま続けてしまったのであります。
なんてことだ(5ヶ月放置、しかも最後の記事を最後の記事と全然思っていなかった)
(しかし)わたしは生きておる、ならばブログも生かさないかんめー
つまりそういうことだった。
でもま、生きていることが普通とか当然とか、そういうところに帰結したくもないなあ
生命を脅かす何かわかりやすい出来事はなかったとはいえ、日々、生きているのが奇跡であることには変わりない。誰しも。
例えばあなたが、何年も連絡をとっていない友人や家族が何か縁起でもないことになる夢を見たとする。
あわてて電話とかSMSとかする。
すると「別に。元気だよ」と返事が返ってくる。
たいていの人は安心するわな。
例えば親しい人が自殺未遂をしたと人づてに知らされる。
あわてて安否を確かめる。
未遂は事実で、「命に別状はない」と知ってひと安心する。
それでさ、
あーよかった心配したわ、でおしまいなわけよね多くの人が。
もう少し自分が善人であると信じたい人は、もう少しだけ心遣いをおっかぶせるけれども、やっぱり適当に納得したらそこでいったん終わりなわけよ。
中断してた生活に戻る、それはいい、生活は生活で大事、でもそれっきり「その件は解決」と無意識に終わりなわけ。
いいんかそれで。
本当にいいんか。
「大丈夫。」
の何割が本当に大丈夫か知ってる?
(あ、でもわたしは本当にとりあえず大丈夫。明日どうなってるかは知らんけど)






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